企業における防災訓練は義務?防災訓練の必要性と実践すべき防災対策について解説
災害大国の日本では、いつ、どこで大きな災害が発生するか分かりません。そのため、企業は災害に備えて防災訓練を実施することが非常に重要です。本記事では、防災訓練の必要性について解説するとともに、実施すべき防災訓練の例やシナリオ作成の手順を解説します。
防災訓練の必要性
日本は自然災害の発生件数が多く、世界で最も自然災害が多い国と言われています。日本で特に多く発生する災害が地震です。日本の国土は世界の陸地面積の0.25%に過ぎないにもかかわらず、地球上で発生するマグニチュード6.0以上の地震の実に2割近くが日本周辺で発生しています※。
※一般財団法人 国土技術研究センター「国土を知る / 意外と知らない日本の国土」
その理由は、日本の国土が海洋プレートと大陸プレートの境界上に位置しているためです。地震には、沈み込んだプレートが反発することで発生する境界型地震と、内陸部のプレート内の一部が破壊されて起こる内陸地震(直下型)がありますが、日本ではこの両方のタイプの地震が頻発しています。さらに、日本は周囲を海に囲まれており、海岸線が長いため津波の被害を受けるリスクもあります。
近い将来、南海トラフ巨大地震や首都直下型地震が発生する可能性が高いと言われており、地震や津波をはじめとする自然災害への備えは万全にしておかなければなりません。国や自治体だけでなく、企業も日頃から防災訓練を行うなどして、非常時に適切かつ迅速な対応をとれるよう防災意識を醸成する必要があります。
以下では、企業が防災訓練を行うべき理由について解説します。
従業員や顧客の安全・生命を守るため
企業は、従業員や顧客の生命を守る義務があります。防災訓練を行い、災害発生時に従業員が自身や顧客の安全をどのように確保し、命を守れば良いかを学習し、非常時に適切な行動がとれるようにすることが非常に大切です。
災害には、地震や津波、台風などの自然災害によって直接的にもたらされる一次災害と、火事や土砂災害、ライフラインの寸断といった二次災害があります。防災訓練では、一次災害のみならず二次災害による被害も想定し、より現実に近い形で避難や救護などのシミュレーションを行う必要があります。
また、企業によっては消防法により火災の発生に対応した訓練を義務付けられているケースもあるため、自社がその対象となっているか確認しておくことも欠かせません。いずれにしても、訓練は一度きりではなく定期的に行い、非常事態に対する意識を向上させることが重要です。
事業の継続性を確保するため
大規模な災害が発生すると、オフィスや工場など自社の施設が大きなダメージを受け、事業継続に支障が生じることは珍しくありません。その場合には、従業員の安全を確保しつつも、事業の再開に向けて最大限の努力をする必要があります。そこで重要になるのが、災害など非常事態の発生時に損害を最小限に抑え、速やかに事業を復旧させるためのBCP(事業継続計画)の策定です。
BCPの中に防災訓練を盛り込み、優先して復旧すべき事業や守るべき施設、また事業継続や再開のための方法・プロセスを洗い出し、訓練の中でその工程をシミュレーションすると良いでしょう。BCPの策定や防災訓練を通じて事業継続性を強靭なものとすることで、取引先の企業からの信頼度や顧客満足度の向上にもつながります。
顧客・取引先への損害回避のため
企業は顧客に対して責任を負っており、災害が発生した際にも、可能な限りサービスの提供や商品の供給を続けることが求められます。自社が被災し人員や設備に損害が出ると、取引先の企業に納期までに製品を納品できなかったり、消費者にサービスを提供できなくなったりしてしまいます。
もちろん、電気や水道、通信、道路といったライフラインが寸断されてしまうと自社だけでは対処できないケースも多いですが、災害時に自社が被るダメージを最小化できるように防災訓練を徹底することで、顧客へ与える悪影響を小さくすることができます。
防災訓練は企業義務にあたるのか
防災訓練は、そもそも企業の義務にあたるのでしょうか。結論から言えば、義務に該当します。
消防法の36条の「防災管理定期点検報告」にもとづき、大規模建築物等については防災管理業務を実施することが義務化されており、その実施状況を年に1回消防機関に定期報告することが求められています。この防災管理業務の点検項目の中に、防災訓練を年に1回以上実施することが含まれているのです。
なお、訓練の回数は対象の建物が「特定用途防火対象物」か、「非特定用途防火対象物」かによって異なり、それぞれ以下のように分類されます。
特定用途防火対象物:病院※、映画館、百貨店、ホテル、飲食店など
非特定用途防火対象物:学校、工場、図書館、博物館、倉庫など
※診療所については、有床・無床ともに条件により判定
特定用途防火対象物は、百貨店やホテルなど、不特定多数の人が集まる場所が該当します。
災害が発生するタイミングによって従業員や顧客など被災する人が異なり、きめ細かな対応が必要となることから、避難訓練や消火訓練などを年に2回以上実施することが義務付けられています。また、福祉施設や幼稚園など、利用者は限られるものの、その利用者の避難が容易でない施設も特定用途防火対象物に該当します。
特定用途防火対象物で訓練を行う際は、事前に管轄する消防署に通報する必要があります。これは消防法施行規則第3条第11項で定められている義務です。避難訓練実施前に消火・避難訓練通知書を消防署に提出し、必要に応じて消火器を借りたり、訓練指導を依頼したりすることも可能なため、事前に相談しておくと良いでしょう。
一方、非特定用途防火対象物は学校や工場など、収容人数は多いものの、不特定ではなく限られた人が出入りする施設が該当します。特定用途防火対象物に比べると、災害発生時の避難が比較的容易であることから、避難訓練の実施頻度は年1回以上と定められています。
点検報告の義務は収容人数によって条件が異なります。収容人員300人以上の特定用途の場合、すべての建物で点検報告の義務がありますが、収容人員が30人以上300人未満の場合は以下の2つの規定をともに満たすと点検報告が義務となります。
1 特定用途が3階以上または地階にあるもの
2 階段が1つのもの(屋外階段等であれば免除)
なお、収容人員が30人未満の場合は点検報告の義務はありません。
また、規模が比較的小さいビルでも「消防法第8条の2の2」に則って、防火対象物報告制度の対象となり、条件によっては点検報告が義務付けられるケースがあるため確認しておく必要があります。
このように、企業が保有する施設の性格や規模によって防災訓練の内容や必要な訓練の回数などは異なるため、消防法を中心に関連する法令の対象となるかチェックしておきましょう。
企業が実施すべき防災訓練の種類
「防災訓練」と一口に言っても、その種類はさまざまです。以下では、主な防災訓練の種類を解説します。
避難誘導訓練
避難誘導訓練は、地震や火事などの災害発生時に、周囲の安全を確認・確保しつつ建物から避難するための訓練です。災害の種類に応じて、従業員や顧客、訪問者等を安全な場所に誘導するために実施されます。
具体的な内容としては、災害発生時における適切な避難ルートの選定や、避難時の誘導、点呼・報告の役割と手順の取り決めなどが挙げられます。避難マニュアルを整備し、それに従って避難訓練を定期的に実施することで、いざというときにパニックに陥らずに適切に対応できるようになることを目指します。
消火訓練
火災発生時の初動対応の手順を学ぶため訓練です。火災が発生すると火は瞬く間に燃え広がり、例えば天井に燃え移ると消化器では消火が困難になります。そのため、炎が小さい火災発生初期に素早く消火することが非常に重要です。
初期消火は消火器や消火栓を使って行いますが、マニュアルで使い方を覚えるだけでなく、実際に手を動かして使ってみることが大切です。水と空気のみを使う訓練用消火器を使用するなど、工夫して訓練を実施すると良いでしょう。
消火訓練だけでなく、119番や館内放送で非常時の呼びかけを行う通報訓練や、炎や煙の広がりを想定しながら安全な場所へ避難する訓練もあわせて行う必要があります。
応急救護訓練
災害等によって負傷した人を応急手当てするための訓練です。救急車が到着するまでの間、非医療従事者でも可能なAEDや心肺蘇生、止血などの手当て、さらに安全な場所への搬送などを通じて負傷者の生存率を高めることが一番の目的です。
応急救護訓練では、そうした応急的な手当てのやり方や対応すべきことなどを学び、模擬人体装置やAEDトレーナー(訓練用器材)などを使用した実習を行います。
管轄の消防署に依頼すれば講習を行ってくれるため、受講することがおすすめです。
救助訓練
負傷者の救出や搬送などの方法を学ぶ訓練です。災害時にはオフィス機器や工場の設備が倒れかかったり、建物自体が倒壊したりする危険があります。その際に、救助訓練で学んだ救助の仕方を実践することで、救急隊が到着する前に人命を救える可能性が高まります。
学べる内容としては、てこの原理を使って瓦礫を動かす方法や、ブルーシートを使った搬送の方法などがあります。
情報収集訓練
災害時に従業員の安否や施設の被災状況、とるべき対応などに関する情報を収集し、的確に伝達するための訓練です。
あらかじめ緊急時の連絡網を作成しておき、それに従って実際に電話で情報を伝える訓練などが一般的です。また、大規模な災害が発生した際には電話回線やインターネット回線が通じなくなる可能性もあるため、その際の情報収集や連絡の方法なども取り決めておく必要があります。
企業の防災訓練のシナリオ作成
防災訓練にはシナリオの設定が不可欠です。災害の発生日時や場所、被災状況などのシナリオを作成し、それに沿って行動をとることでより現実に近い形で訓練を実施できます。しかし、毎回同じようなシナリオではマンネリ化し、緊張感が薄れてしまうため、せっかく訓練を実施しても期待する効果を得られなくなってしまいます。
そこで、訓練のたびに内容の大きく異なるシナリオを設定したり、一部の参加者以外には事前にシナリオを知らせないクローズドな訓練を実施したりするなどの工夫が求められます。
シナリオ作成の手順
防災訓練を行う際には、以下の手順に沿ってシナリオを作成するのがおすすめです。
①目的・目標の明確化
まずは、訓練を通じて何を達成したいのか、参加者に何を学んでほしいのかといった目的を事前に明確化します。また、「〇分以内に参加者全員が建物の外へ避難する」といった目標設定も重要です。
②災害状況の想定
災害の発生日時、場所、被災状況などを想定します。自社の位置する地域や施設で起こり得るリスクを評価し、最も起こりそうな災害の種類や被害の規模など決めておくと良いでしょう。
③役割分担
災害発生時には、応急救護や情報収集・伝達、避難誘導などやるべきことが多くあるため、参加者それぞれに役割を指定し、その役割に沿った行動をとれるよう訓練します。
④訓練計画書を作成
訓練の内容や参加者、実施日時などの基本情報はもちろん、想定される事態の展開やフェーズごとにとるべき行動も記載した訓練計画書を作成します。計画書を参加者や管轄の消防署等に周知するとともに、訓練の実施予定を近隣住民に事前に知らせておく必要もあります。
⑤マニュアル等の改善
防災訓練実施後には、浮き彫りになった課題を踏まえ、その改善点を盛り込む形で防災マニュアルやBCPをアップデートし、反省点や改善点を次回以降のシナリオ作成に反映させると良いでしょう。
まとめ
防災訓練は、従業員や顧客の生命を守り、災害に対する事業の継続性・強靭性を高めるうえで非常に重要です。
訓練の効果を高めるためには、訓練のたびにシナリオを変更することはもちろん、シナリオをあえて共有しないことも1つの方法です。目的を明確にして、参加者が毎回真剣に取り組めるような工夫をすることに加え、実施後には反省点や課題を共有し改善するなどPDCAを回すことが求められます。
防災訓練をはじめ、防災対策はあらゆる事態を想定して事前に準備しておくことが大切ですが、負担やコストを考えると、自社のみで必要な対応を一律に実施することは簡単ではありません。そうした場合には、できることから1つずつ進めていくのが良いでしょう。
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